チャンギ海岸での虐殺(20)とサジャハット島(21)
引き続き時差あり投稿。
2020年9月にウビン島へ行った帰りにチャンギビーチパークへ足を伸ばした。
いい天気!海沿い歩いて気持ちよかった。やっぱり海っていいな。
こんな南国な景色をエンジョイしつつ、石碑を探す。
2つ並んでいた。
1つはチャンギ海岸での虐殺について。
このビーチでか…と思いながら読み進める
英語記載アップ。
そう、今日は2月18日。
粛清が始まったのも1942年の2月18日。なんたる偶然…
挿絵
日本語部分アップ。英語と内容は一緒
こちらはサハジャット島について。
英語記載アップ。
ジョホール海峡とセンバワン基地を守るためとあるけど、
日本軍にマレー側から侵攻されたのは想定外だったのだろうか
日本語記載アップ
写真あり。今はテコン島と地続きになっているらしい。
のどかな景色…
プンゴルビーチとチャンギビーチに足を運んで思ったけど粛清とかきっつい話だなと思う。(語彙力)
当時は中華系シンガポーリアンといえど帰属意識は中国にあっただろうし、
抗日工作員と普通の人の見分けなんてつかないという事情もあったんだろうけど
でも中華系だからってだけで殺された人、そしてその家族の気持ちを思うと肯定できないよねぇ
「仕方なかったんだ」とは言えないよ…
人数に関する議論もあるって話だけど、何千人だろうが何万人だろうが殺戮は殺戮よね
戦争が地球からなくなりますように…